2009年08月15日
弘道館
掃部山公園で井伊直弼公にお目にかかったら、
つい思い出したのが水戸。
その水戸にも行ってきました。

こちらは、
水戸駅からほど近い、弘道館。
かつて、水戸藩の藩校だったところです。
この弘道館を開校したのは、
水戸藩第9代藩主の徳川斉昭公。
そう、幕末、
井伊直弼が大老を務めていた時、
尊王攘夷を訴えて、
直弼と鋭く意見が対立した人です。

建物の内部には、
大きく「尊攘」と書かれた掛け軸が・・・
さすが「尊王攘夷」派の有力拠点だっただけあります。

お庭には、
武術の試験をした対試場も。
文武両道の藩士を育てていました。

水戸は尊王攘夷の発信地となり
最終的に、井伊直弼は、
水戸の脱藩浪士たちに、殺害されてしまいます。
その意味で、
水戸は、いわば井伊直弼の敵の地。
そして、この弘道館は、
まさに、その敵の本丸なのですが、
水戸藩は水戸藩なりに、
日本の行く末を真剣に考え、
若者を育て、
藩を、そして日本を変えようとしていたのがわかりました。
その気持ちは、
とてもよくわかる気がしました。
つい思い出したのが水戸。
その水戸にも行ってきました。

こちらは、
水戸駅からほど近い、弘道館。
かつて、水戸藩の藩校だったところです。
この弘道館を開校したのは、
水戸藩第9代藩主の徳川斉昭公。
そう、幕末、
井伊直弼が大老を務めていた時、
尊王攘夷を訴えて、
直弼と鋭く意見が対立した人です。

建物の内部には、
大きく「尊攘」と書かれた掛け軸が・・・
さすが「尊王攘夷」派の有力拠点だっただけあります。

お庭には、
武術の試験をした対試場も。
文武両道の藩士を育てていました。

水戸は尊王攘夷の発信地となり
最終的に、井伊直弼は、
水戸の脱藩浪士たちに、殺害されてしまいます。
その意味で、
水戸は、いわば井伊直弼の敵の地。
そして、この弘道館は、
まさに、その敵の本丸なのですが、
水戸藩は水戸藩なりに、
日本の行く末を真剣に考え、
若者を育て、
藩を、そして日本を変えようとしていたのがわかりました。
その気持ちは、
とてもよくわかる気がしました。
2009年08月08日
掃部山公園
横浜には、
滋賀とは切っても切れない深い縁のある場所が、
ほかにもあります。

それが、この掃部山公園です。
ご存じでしょうか?
これこそ、井伊直弼ゆかりの公園です。

この公園には、
この通り、井伊直弼がおられます。
堂々たる立派な銅像です。

直接お目にかかったことがないのでわかりませんが、
井伊直弼さんに似ているでしょうか?(笑)

なぜこの公園にあるのか。
公園内にある立て看板によると、
今から約100年前、
横浜開港50周年を記念し、
旧彦根藩の有志が、
公園のある一帯の丘を買い取り、
銅像を寄贈したそうです。

現在の銅像は、
戦後に建てられたもの。
本来の銅像は、戦中の金属供出で、
取り払われてしまったのだそうです。
ただ、この台座だけは、
建てられた当時のものだそうです。

そばには、
当時、子爵だった井伊直弼の子孫の方が寄贈した水飲み場もありました。
ライオンの意匠が素敵です。

井伊直弼の像が建てられた当時は、
自らの手で開港に導いた横浜港が見渡せたそうですが、
今は、みなとみらい地区のランドマークタワーがそびえていて、
残念ながら港は見渡せないようです。
それでも、
きっと井伊直弼の像は、
開港したのは間違っていなかったと、
満足した思いで、
発展した横浜港を見守っていることでしょう。
滋賀とは切っても切れない深い縁のある場所が、
ほかにもあります。

それが、この掃部山公園です。
ご存じでしょうか?
これこそ、井伊直弼ゆかりの公園です。

この公園には、
この通り、井伊直弼がおられます。
堂々たる立派な銅像です。

直接お目にかかったことがないのでわかりませんが、
井伊直弼さんに似ているでしょうか?(笑)

なぜこの公園にあるのか。
公園内にある立て看板によると、
今から約100年前、
横浜開港50周年を記念し、
旧彦根藩の有志が、
公園のある一帯の丘を買い取り、
銅像を寄贈したそうです。

現在の銅像は、
戦後に建てられたもの。
本来の銅像は、戦中の金属供出で、
取り払われてしまったのだそうです。
ただ、この台座だけは、
建てられた当時のものだそうです。

そばには、
当時、子爵だった井伊直弼の子孫の方が寄贈した水飲み場もありました。
ライオンの意匠が素敵です。

井伊直弼の像が建てられた当時は、
自らの手で開港に導いた横浜港が見渡せたそうですが、
今は、みなとみらい地区のランドマークタワーがそびえていて、
残念ながら港は見渡せないようです。
それでも、
きっと井伊直弼の像は、
開港したのは間違っていなかったと、
満足した思いで、
発展した横浜港を見守っていることでしょう。
2009年08月05日
横浜港
滋賀ゆかりの場所として欠かせないのが、
この横浜港ではないでしょうか?

こちらは、
横浜港というか、
みなとみらい地区。
写真には写っていませんが、
左手にランドマークタワーがあります。

ご存じの通り、
今、横浜は開港150周年記念で盛り上がっています。
この横浜港を開港するきっかけをつくったのが、
まさに、彦根藩主か大老となった井伊直弼なのです。
外圧に屈した面はあるとはいえ、
アメリカと結んだ日米修好通商条によって、
1859年、横浜をはじめ長崎や新潟など国内の5つの港が開かれ、
現在にいたる発展の第一歩となりました。

開港150年記念イベントの会場では、
こんなものも・・・(笑)
彦根と横浜の交流を記念して、
ひこにゃんと、150年記念イベントのマスコットキャラクター「たねまる」が
コラボレーションしたぬいぐるみです。

訪れたのは6月なのですが、
あいにくの曇り空。
港から見える海も空も、
少しどんよりしていました。

帰り際、
大きな観覧車が、美しいイルミネーションに彩られていました。
開港を決断した井伊直弼も、
まさか150年後の横浜が、
こんなに発展し、多くの人が賑わう町になっているなんて、
想像もしなかったでしょうね。
この横浜港ではないでしょうか?

こちらは、
横浜港というか、
みなとみらい地区。
写真には写っていませんが、
左手にランドマークタワーがあります。

ご存じの通り、
今、横浜は開港150周年記念で盛り上がっています。
この横浜港を開港するきっかけをつくったのが、
まさに、彦根藩主か大老となった井伊直弼なのです。
外圧に屈した面はあるとはいえ、
アメリカと結んだ日米修好通商条によって、
1859年、横浜をはじめ長崎や新潟など国内の5つの港が開かれ、
現在にいたる発展の第一歩となりました。

開港150年記念イベントの会場では、
こんなものも・・・(笑)
彦根と横浜の交流を記念して、
ひこにゃんと、150年記念イベントのマスコットキャラクター「たねまる」が
コラボレーションしたぬいぐるみです。

訪れたのは6月なのですが、
あいにくの曇り空。
港から見える海も空も、
少しどんよりしていました。

帰り際、
大きな観覧車が、美しいイルミネーションに彩られていました。
開港を決断した井伊直弼も、
まさか150年後の横浜が、
こんなに発展し、多くの人が賑わう町になっているなんて、
想像もしなかったでしょうね。
2009年08月01日
草津温泉
東京に引っ越ししてきて10か月。
この間に、
草津に行きました。
といっても、
滋賀の草津ではありません(笑)
群馬県の草津です。
草津温泉を訪れました。

こちらは、
草津温泉の中心部にある湯畑。
自然にお湯がわき出ているお湯の泉です。

このトユのようなものは、
湯の花をとるための道具だそうで、
湧き出たお湯をこの中に通しています。

トユを通ってきたお湯は、
最後には、滝のように流れ落ちて、
お湯の池に注ぎ込みます。

すごく不思議だったのが、
このお湯の池の色。
まるで、南の海のように、
美しいエメラルドグリーンです。

そして、
草津温泉といえば、これ。
湯もみです。
草津温泉は、源泉の温度が、
もともと約50度から約100度と、
かなり高温なので、
かつては、このように冷ましていたそうです。

板を使って、
勢いよくお湯をかき混ぜると、
大きく飛沫があがって、
見ていて迫力がありました。
私は子どものころ、
草津温泉は、滋賀県の草津にあるのだと、
本気で思ってました(苦笑)
高校生ぐらいになって、
やっと、それが間違いだと気づいたのですが・・・(苦笑)
群馬の草津温泉は、
古くから温泉地としても有名ですが、
今でも、かなり洗練されていると感じました。
今年3月に訪れたのですが、
この不況にもかかわらず、
湯治客や観光客も多くて、
すごく賑わっていました。
さすが「草津よいとこ、一度はおいで」だなあと、
感心しました。
この間に、
草津に行きました。
といっても、
滋賀の草津ではありません(笑)
群馬県の草津です。
草津温泉を訪れました。

こちらは、
草津温泉の中心部にある湯畑。
自然にお湯がわき出ているお湯の泉です。

このトユのようなものは、
湯の花をとるための道具だそうで、
湧き出たお湯をこの中に通しています。

トユを通ってきたお湯は、
最後には、滝のように流れ落ちて、
お湯の池に注ぎ込みます。

すごく不思議だったのが、
このお湯の池の色。
まるで、南の海のように、
美しいエメラルドグリーンです。

そして、
草津温泉といえば、これ。
湯もみです。
草津温泉は、源泉の温度が、
もともと約50度から約100度と、
かなり高温なので、
かつては、このように冷ましていたそうです。

板を使って、
勢いよくお湯をかき混ぜると、
大きく飛沫があがって、
見ていて迫力がありました。
私は子どものころ、
草津温泉は、滋賀県の草津にあるのだと、
本気で思ってました(苦笑)
高校生ぐらいになって、
やっと、それが間違いだと気づいたのですが・・・(苦笑)
群馬の草津温泉は、
古くから温泉地としても有名ですが、
今でも、かなり洗練されていると感じました。
今年3月に訪れたのですが、
この不況にもかかわらず、
湯治客や観光客も多くて、
すごく賑わっていました。
さすが「草津よいとこ、一度はおいで」だなあと、
感心しました。
2009年07月31日
お知らせ
滋賀咲くブログの皆様、
大変ご無沙汰しております。
東京に来てから早10か月が過ぎようとしています。
この間、
仕事も普段の生活も、
ようやく慣れてきました。
でも、やはり、
時々琵琶湖を、
滋賀のことを、
懐かしく思い出します。
東京やその周辺でも、
滋賀ゆかりの場所があります。
また、滋賀を思い出す場所があります。
しばらくご無沙汰しておりましたが、
8月は集中的に、
この10ヶ月間に私が出会った
滋賀ゆかりの風景をご紹介したいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
大変ご無沙汰しております。
東京に来てから早10か月が過ぎようとしています。
この間、
仕事も普段の生活も、
ようやく慣れてきました。
でも、やはり、
時々琵琶湖を、
滋賀のことを、
懐かしく思い出します。
東京やその周辺でも、
滋賀ゆかりの場所があります。
また、滋賀を思い出す場所があります。
しばらくご無沙汰しておりましたが、
8月は集中的に、
この10ヶ月間に私が出会った
滋賀ゆかりの風景をご紹介したいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

