2007年12月15日

北国脇往還 道標編

 大変ご無沙汰しております。
 今年ももうあと半月あまり。
 先日、北国脇往還を歩きました。
 早く更新しなければと思いつつ、
 遅くなってしまいましたが、
 今日から3回にわけて、
 その時の様子をご紹介しましょう。



 北国脇往還をご存じでしょうか。
 いくつかルートがあるようですが、
 私が今回歩いたのは、
 中山道の関ヶ原宿から、
 北国街道の木之本へ至る道です。
 中山道と北国街道は、
 彦根の鳥居本あたりで交わっているのですが、
 北国脇往還は、
 中山道を東から来た人が、
 北国街道を北に行く際の、
 または、その逆で、
 北国街道を北から来た人が、
 中山道を東に行く際の
 いわば「近道」になります。
 総延長は約40キロ。
 すでに、ほかの同行者の方々がアップされているので
 おわかりだと思いますが、
 これが、どんな道のりだったか、
 ご紹介していきましょう。

 

 

 始点はJR関ヶ原駅。
 天気は曇り。 
 (駅のあたりは晴れていましたが)
 午前8時すぎに到着し、
 すぐに出発しました。
 





  

 関ヶ原といえば、
 関ヶ原の戦いで有名ですが、
 こちらも、立派な宿場町でした。
 その面影が今も残ります。







 その関ヶ原の戦いで、
 徳川家康が陣を張っていたという古戦場。
 関ヶ原にはあちこちに、
 こうした場所があるようです。
 
 




 

 さらに歩き続けると、
 伊吹山ドライブウエイの入口が。
 今年6月、
 伊吹山登山を計画したものの、
 雨で登れず、
 結局、ここから車で登りました。








 歩き始めて1時間ほどだったころでしょうか。
 県境に来ました。
 これから滋賀県に入ります。








 道沿いには、
 ところどころ、
 こうした道標があります。
 それを見つけながら歩くのが、
 街道歩きの楽しみです。








 こちらは、
 米原市(旧伊吹町)、藤川宿の外れにある木製の道標。
 







 行政が立てたのでしょうか。
 こうした看板もところどころで見かけました。








 そして、
 松の木の下で見つけたのは、
 お地蔵様。
 かつてあった松尾寺の観音堂茶所跡だそうです。
 ここあたりから、
 やや軽い筋肉痛を感じましたが、
 大丈夫です。







 次に到着したのは、
 米原市(旧伊吹町)の春照宿。
 春照と書いて、
 「すいじょう」と読むことを、
 初めて知りました。






 

 ここで、石の道標に出会えました。
 「右、北国きのもと えちぜん 道」と書いてあります。
 天気予報は、
 曇り時々雨、降水確率50%でしたが、 
 このあたりから空には青空が広がりました。
 前途洋々に思えたのですが・・・








 姉川を越えます。
 もちろん、姉川の合戦で有名ですね。
 合戦の時には、
 あまりの激しい戦いに、
 血の川となったそうです。








 道中に見かけたお地蔵様。
 本当は、ここに道標があるはずなのですが、
 残念ながら見つけられませんでした。
 それとも、
 このお地蔵様の中に混じって、
 道標が隠されていたのでしょうか。








 こちらにも、
 小さな道標。
 右江戸道、左山中道と、
 かなり大雑把な道しるべです(笑)








 長浜市(旧浅井町)に入って
 野村の集落にある道標。
 江戸時代のものだそうです。








 こちらは八島の集落内にある道標。
 先の道標に比べて、
 新しく、近代になって寄進されたようです。








 同じ八島集落内にある道標。
 この集落には、
 6つも道標があるそうですが、
 これが一番古く、
 江戸時代のものだそうです。










 こちらも八島の集落内にある道標。
 「虎姫駅」という文字があることから、
 明治17年の北陸本線の開通以降に寄進されたものと
 見られています。








 道は、長浜市を抜け、
 湖北町に入りました。 
 こちらは、伊部宿の本陣跡。








 こちらは小谷山。
 浅井長政の居城、
 小谷城があったところです。
 さすがに、
 足が重たく感じ、
 疲れてきました。
 







 小谷山のすぐ近く、
 郡上宿です。
 木製の看板の下には、
 かわいらしいカボチャが飾ってありました(笑)








 近くには、木製の水車が。
 あまり大きくはありませんが、
 とても素敵です。





 


 郡上の集落を抜けたあたりでしょうか。
 こちらの道標には、
 指差しマークがついています(笑)
 このころから、
 北の空には雲がかかっていました。
 そして、日もだいぶ傾いてきました。
 急がなければ、
 日が暮れてしまう・・・ 
 少し焦りながら歩を進めました。







 集落の中に入ると、
 ここにも水車が。
 こちらは、人の背丈以上の大きなもので、
 古い感じです。








 かなり大きな道標。
 これは新しそうです。
 「左 きのもと道」とあります。

 この後、
 雨が本降りになって来ました。
 終点まで、あと5、6キロのところ。
 疲れはピークに達していました。
 ここで断念するか、
 あともう少し、雨の中を歩くか・・・
 かなり悩みましたが、
 もう二度と歩くことがないかもしれないと思い、
 終点を目指すことにしました。
 登山用の雨具を来て、
 傘をさしながら、
 ただ、ひたすら黙って、
 終点を目指しました。






 最後に見かけた道標。
 もう、先を急ぐことで精一杯で、
 どこで撮ったのか覚えていません。







 
 そして、
 やっと木之本宿にたどり着きました。
 脇往還と北国街道の分岐点にある道標です。
 時間は午後5時過ぎ。
 もうすっかり日が暮れていました。


 計9時間かけて、
 何とか最後まで歩ききりましたが、
 疲労困憊しました。
 筋肉痛だけでなく、
 左膝の裏の筋が痛く、
 歩くのが精一杯でした。
 そんな中、
 最後まで歩く励みになったのが、
 道標でした。
 疲れと消耗が激しさを増すほど、
 道標に出会うと、
 とてもホッとした気持ちになりました。
 かつて、街道を旅した人たちの気持ちが、
 少しわかったような気がしました。

 脇往還の道沿いには、
 いろいろと名所旧跡もあるのですが、
 まったく立ち寄ることもできず、 
 残念でした。
 1日で歩けない距離ではありませんが、
 二日間にわけて、
 もう少しゆっくりと見物しながら、
 歩く方がいいような気がしました。 
 今後もう一度歩く機会があるなら、
 ぜひ、そうしたいと思います。  

Posted by きまぐれウサギ at 23:59Comments(4)TrackBack(0)史跡

2007年11月18日

SL

 もう一つ、先日滋賀を訪れた時に撮った写真をご紹介しましょう。






 JR甲西駅で、
 SLを見かけました。
 駅のホームではありません。
 駅前のローターに展示してありました。








 JR草津線では、
 戦前から戦後にかけて、
 SLが走っていたのですね。








 新幹線のあの便利さと優美な車両の姿は、
 確かに素敵ですが、
 このSLの武骨で、ノスタルジー漂う姿は、
 むしろ、何か大切なものを伝えてくれているような気がします。  

Posted by きまぐれウサギ at 23:48Comments(5)TrackBack(0)

2007年11月17日

陽だまりの花

 ご無沙汰しております。
 先日、またまた仕事で滋賀に戻りました。
 






 湖南市内のとあるところで、
 美しい花壇を見せていただきました。
 咲いていたのは、
 大きなパンジーの花。
 陽だまりの中、
 気持ちよさそうに咲いていました。








 最近は、
 パンジーにも、
 いろんな花があるんですね。
 こちらは、多色植えで、
 とってもカラフル。







 こちらは花壇。
 春夏秋冬、いろんな花が植えてあって、
 とても綺麗でした。

 最近はガーデニングもすっかり定着して、
 自宅で花の栽培を楽しまれる方も多いでしょう。
 私も、こんなに広い庭があればなと、
 うらやましかったです。  

Posted by きまぐれウサギ at 23:57Comments(7)TrackBack(0)植物

2007年11月11日

母なる湖

 先日、
 仕事で再び滋賀を訪れました。
 






 どうしても湖が見たくて、
 立ち寄ったのは、
 近江今津の港。
 そこは、
 やさしい秋の湖と
 やわらかい秋の空が広がっていました。








 空の青さ、
 湖の碧さ、 
 その色は、
 心を蒼く染めていくよう・・・








 寄せては返す穏やかなさざ波も、
 まるで母の子守唄のような
 優しさと懐かしさで・・・

 まだ1か月と少ししか経っていないのに、
 この日眺めた琵琶湖は懐かしく、
 なぜか思わず涙が浮かんできました。
 わずかな時間でしたが、
 琵琶湖を眺めて癒されました。
 電車を1本遅らせた甲斐がありました。


 昨日今日と、
 滋賀では「全国豊かな海づくり大会」がありましたね。
 この琵琶湖の素晴らしさが、 
 全国に伝わったのなら、
 うれしいことです。  

Posted by きまぐれウサギ at 23:01Comments(8)TrackBack(0)琵琶湖

2007年11月07日

彦根散策

 半月ほど前になるのですが、
 仕事の一貫で、
 久しぶりに彦根を訪れました。
 ちょっと古い写真ですが、
 せっかくですので、
 ご紹介しましょう。






 訪れたのは、
 彦根城近くの夢京橋キャッスルロード。
 通り沿いにお寺がありました。
 赤い門がとっても素敵です。








 素敵な赤い門は、
 私が秘かに慕っている石田三成の佐和山城の表門を移築したものだとか。
 平成8年に道路拡幅でわずかに移動しましたが、
 それ以前の礎石も残っていました。








 夢京橋キャッスルロードは、
 近年、ファサード整備されて、
 まるで江戸時代の城下町のような雰囲気です。







 
 こちらは、
 夢京橋キャッスルロード近くにある
 4番町スクエア。 
 地元の土産物を集めた売り場や
 豆腐料理の店などが入っています。
 この一角は、
 江戸時代から少し時代は進んで、 
 大正時代風に建物が整備されています。








 この日は、
 素晴らしいお天気。
 青空に、レトロな街灯が似合っていました。







 
 近くで見つけたかわいらしい像。
 ちょっと不思議な雰囲気ですが、
 これは、なんの像なんでしょうか。








 お城に入る時間はなかったのですが、
 橋から見たお堀の風景もまた、
 青空が美しく水面に映えていました。







 夢京橋キャッスルロードに翻っていたのは、
 ひこにゃんの旗。
 まだまだ活躍中です。







 
 そして最後は、
 彦根駅前の井伊直政像。
 彦根城初代藩主は、
 サルビアの赤い花に囲まれ、
 青空の中にたたずんでいました。


 やっぱり滋賀はいいですね。
 懐かしいです。
 機会を見つけて、
 少しずつ訪れたいです。  

Posted by きまぐれウサギ at 22:35Comments(4)TrackBack(0)

2007年11月04日

近江源氏先陣館

 ちょっと風景とは関係がありませんが、
 滋賀と関係のあることですので、
 お許し願いましょう。

 昨日、大阪で文楽を見てきました。
 みなさん、文楽はご存じでしょうか?
 人形、三味線、そして太夫からなる
 日本の伝統芸能の一つです。
 昨日から始まった11月公演では、
 近江ゆかりの演目「近江源氏先陣館」が上演されています。

 




 主人公は、
 平安末期から鎌倉時代にかけて、
 近江を地盤とした武士一族佐々木家の兄弟の物語。
 佐々木家の四兄弟は、
 挙兵した源頼朝について一緒に戦ったのですが、
 その後、二代将軍朝家と北条時政が争った時、
 三男盛綱と四男高綱は、
 それぞれ時政側と鎌倉側とに分かれて戦います。 
 盛綱、高綱にはそれぞれ小三郎と小四郎という息子がいて、
 息子たちの初陣の合戦で、
 盛綱の息子小三郎が、高綱の息子小四郎を捕らえます。
 盛綱にとっては、
 手柄をあげたのは自分の息子、
 でも、捕らえられたのは自分の甥。
 敵味方に分かれていながらも、
 弟高綱の心情をも思いやり、
 思い悩むのですが・・・


 初めて拝見しましたが、
 とても素晴らしかったです。
 合戦の場面はなく、
 肉親の情、主君への忠義など、
 盛綱、高綱、盛綱と高綱の母、盛綱と高綱のそれぞれの妻の立場で、
 心理的な葛藤が存分に描かれ、
 涙を誘います。
 最後は、どんでん返しがあり、
 「はあ、なるほど!」と思いました。
 また、
 滋賀もしっかり描きこまれていました。
 「その源は近江路の比叡山 颪(おろし)隔てられ 便り堅田の雁絶えて
 武士の義は石山や 月の弓張り矢叫びの 矢橋の帰帆陣幕も
 ひらめく比良の陣館・・・」で始まり、
 最後は、
 「浮き事三井の暮れの鐘 消えゆく子より親心 我唐崎の夜の雨 父には一目粟津の嵐
 木の葉の紅葉かき寄せて夕べを照らす瀬田の橋・・・」と、
 しっかりと滋賀の地名や近江八景が詠みこまれていました。


 もし機会があれば、
 ぜひご覧ください。  

Posted by きまぐれウサギ at 13:02Comments(8)TrackBack(0)番外編

2007年10月31日

伊吹山登山 ススキ編

 伊吹山登山の最後を締めくくるのは、
 ススキです。
 高山植物が少ないこの時期、
 伊吹山を美しく飾っていたのは、
 ススキでした。
 






 3合目から登り始めて、
 すぐに目の前に広がっていたススキ野原。
 美しい白銀の波が、
 幾重にもかさなっていました。







 
 もう少しすれば、
 ここはスキー場のゲレンデとして、
 雪で覆われるのですが、
 今は、見渡す限りのススキで覆われています。








 青空にすっくと伸びる姿も、
 とてもすがすがしいです。








 登山道の一部は、
 まるで、
 ススキのトンネルようなところもありました。








 まばゆく輝くススキの穂。
 風にそよぐ姿が、
 本当に美しいです。








 五合目あたりのリフト乗り場から見下ろしたゲレンデ。
 まさに、一面銀世界でした。








 伊吹山で、
 こんな美しいススキ野原を見られるとは知りませんでした。
 珍しい高山植物の花や実を見るのも楽しいですが、
 こうした風景も、また素敵ですね。








 比較的手軽に登れて、
 そして、眺望も高山植物も楽しめる、
 そんな伊吹山には、
 また違う季節に必ず登ろうと思います。
 本当に、
 同行してくださった皆様、
 ありがとうございました。  

Posted by きまぐれウサギ at 23:50Comments(8)TrackBack(0)

2007年10月30日

伊吹山登山 植物編

 伊吹山登山の続きをご紹介しましょう。
 登山の楽しみは、
 眺望もさることながら、
 その山に生える花や木などの植物を見ることにもあります。








 こちらは、
 言わずと知れたリンドウ。 
 たぶん、ミヤマリンドウです。
 ゴンドラを下りた3合目ですぐに見かけました。








 リンドウのそばで見かけた白い花。
 これはまったく名前がわかりません。








 草影で見かけたのは、
 丸い珠のようなピンクの花が
 いくつもついた植物。
 これも名前は不明です。








 これはなんでしょう?
 花ではなく、
 木になっていた実です。
 見た目には美味しそうですが・・・








 登っている途中、 
 あちこちでよく見かけた花の一つ。
 キク科のような花です。








 こちらも、
 登山道のあちこちで咲いていた花、
 アザミです。
 平地で見るアザミとは、
 ちょっと形が違う気がします。








 これは、
 夏の時期によく見かける花なのですが、
 いつも名前がわかりません。








 これも、
 夏の花の名残りですね。
 オタカラコウとか、
 メタカラコウとかに似ていると思いますが・・・








 これもよく見かけた花ですが、
 キク科のようです。
 ガーデニングでも、
 よく見かけるような・・・







 地面すれすれに咲いていた青い花。
 本当はとても小さく、
 色合いも、もっと濃いです。
 名前は、残念ながらわかりません。








 こちらは、イブキトラノオ。
 夏の花です。  
 伊吹山には、
 イブキ・・・という名前がついた
 伊吹山の固有植物がいくつかあります。
 これはその一つ。









 これは、
 いったい何の実でしょうか?
 鮮やかな朱色が目を引きます。






 花が終わって、
 わた毛になっている植物もありました。
 花が咲いていた時は、
 どんな花だったのでしょう。








 これは、
 夏の時期に、
 伊吹山でたくさん咲く花です。
 ええと、なんでしたっけ?(苦笑)








 これも、
 夏山でよく見かけます。
 やはり、
 名前はわかりません。








 これは何でしょう?
 花が咲く前のつぼみか、
 それとも、
 咲き終わった後の実でしょうか。








 そして、
 最後に出会ったのは、
 オドリコソウ。
 6月に登った時には、
 山頂でお目にかかりました。


 伊吹山は薬草の山とはいえ、 
 この時期は、
 花の少ない時期です。
 にもかかわらず、
 かなりたくさんの花や実を見ることができて、
 とてもうれしかったです。
 登山家の深田久弥は、
 その著書「日本百名山」で、
 伊吹山を次のように紹介しています。
 「私は山の混雑は大嫌いだから、4月中旬の一日を選んだ。
 晴天に恵まれて、誰もいない山腹を一人で登って行くと、
 草枯れの間にもうタンポポや草ボケや紫ケマンの色どりが美しかった。
 (中略)ショウジョウバカマが雪の解け間にもう花を開いている、
 そのうららかな静かな山頂で過ごした一時間は、
 まさにこの世の極楽であった」
 
 私もいつか、
 伊吹山の咲き乱れるお花畑の中で、
 極楽のひと時を過ごしたいと思います。  

Posted by きまぐれウサギ at 23:21Comments(7)TrackBack(0)

2007年10月29日

伊吹山登山 眺望編

 ご無沙汰しております。
 昨日、ようやく念願の伊吹山登山ができました。
 その様子を、
 3回に分けてご紹介します。






 滋賀で働いていた時、
 ずっと登りたいと思いながら、
 果たせずにいたのが、
 この伊吹山です。
 百名山の一つにも数えられる伊吹山は、
 滋賀の最高峰です。
 仕事で長浜に出掛けた時は、
 その美しい姿にいつも見とれていました。
 前回、6月は雨のため車で登りましたが、
 ご覧の通り、
 今回は、お天気に恵まれました。
 ゴンドラを使って3合目まで登ると、
 雄大な伊吹山が、
 眼前いっぱいに広がっていました。








 こちらは五合目からの伊吹山。
 山には雲一つかかっていません。







 

 伊吹山の稜線は、
 なだらか。
 この穏やかな山姿は、
 一度見たら忘れられません。









 こちらは、
 6合目から見た眺望。
 山にはまったく雲がないのに、 
 なぜか、地上にはうっすら霞がかかっていて、
 出発地点のゴンドラ乗り場も、
 霞んでいます。









 伊吹山は、
 森林がほとんどないのですが、
 それでも、ところどころ生えている低木は、
 紅葉しているものもありました。










 こちらは8合目あたり。
 山頂が、近くに見えてきました。









 9合目あたり。
 ここまで来ると、
 ようやくホッとします。








 ようやく山頂に到着。
 3合目から約2時間かかりました。
 思ったほど、しんどくなかったです。
 やっぱり、山頂にたどり着くと、
 うれしいですね。








 やれやれと、
 これまで登ってきた滋賀県側を見ると、
 やはり、残念ながら
 さらに霞がかかっていて、
 琵琶湖は見えませんでした(苦笑)







 ですが、
 岐阜県側は、
 滋賀に比べてまだ眺望が楽しめました。
 遠くに、雪山をかぶった山並みが写っているのがわかるでしょうか。
 左側から、北アルプス、乗鞍岳、そして御嶽山です。








 拡大してみたのですが、
 わかるでしょうか?
 青い山脈の中に、
 白い峰々があるのが。
 あれは御嶽山です。








 山頂でお昼ごはんを食べて、
 1時間半ほど過ごした後、
 なごりを惜しみながら下山へ。








 帰りは、
 下るだけなので、
 登りより楽と思いきや、
 実はそうではありません。
 下りこそ、注意が必要で、
 案外、筋力を使います。
 それでも、1時間40分ほどで下り終えました。
 途中、陽射しにきらめく琵琶湖がうっすらと見え、
 空中散歩を楽しむパラグライダーも、
 気持ちよさそうに飛んでいました。


 本当に、
 満足した登山でした。
 贅沢をいえば、
 もう少し、琵琶湖など滋賀県側が、
 よく見渡せたのならよかったのですが、
 それでも、すがすがしい青空の下、
 気分よく登れたのですから、
 感謝しなければなりません。  
タグ :伊吹山

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2007年10月22日

長崎旅行 おまけ編

 長崎旅行は一応終了したのですが、 
 おまけを一つ。
 今回の旅行は、
 往復、飛行機を使いました。
 その飛行機の中から撮った風景をご紹介しましょう。






 伊丹空港を飛び立って、
 すぐに目に飛び込んできたのは、
 神戸の街。
 山から海まで、
 びっしりと建物で埋め尽くされています。 
 左下あたりは、
 ポートアイランドなどの人工島も見えます。








 こちらも神戸上空ですが、
 左端に、神戸空港が見えます。








 飛行機は、瀬戸内海に沿って西へ向かいました。
 こちらは、広島市上空だと思います。
 川の本数、形でわかります。
 以前、広島に出張して、
 市街地の地図を見せてもらったことがあります。
 こうしてみると、
 まったくその時に見たのと同じで、 
 まるで日本地図の上を飛んでいるようでした。









 行きは、ほとんど雲がなかったのですが、
 時々、こうした美しい雲も見られました。








 どこまでも青い空の中を飛んでいくのは、
 本当に気持ちいいですね。









 こちらは帰りの風景。
 残念ながら、
 雲が多くて、
 地上は見られませんでした。
 
 
 私は飛行機が大好きで
 こうした飛行機から見える風景に、
 いつも釘づけになってしまいます。
 また、空の旅を味わいたいです。  

Posted by きまぐれウサギ at 20:36Comments(9)TrackBack(0)番外編

2007年10月21日

長崎旅行 料理編

 長崎旅行も、
 いよいよ最後です。 
 旅の楽しみの一つとして、
 欠かせないのが食事。
 そう。
 長崎といえば、
 やはり、中華でしょう。 
 長崎には中華街があり、
 横浜、神戸とあわせて、
 日本三大中華街に数えられています。








 長崎についた日の夜、
 中華街の有名店で
 友人に中華料理のコースをごちそうになりました。
 こちらは前菜。
 キクラゲやバンバンジー
 バナナの天ぷらがありました。







 
 こちらは、
 鳥の甘酢炒め。









 エビチリならぬ、
 海老のマヨネーズ炒め。








 こちらは、言わずと知れた春巻き。
 うっかり食べてしまって、
 一つしかありませんが、
 普通の春巻きより、
 一回り大きなサイズです。








 カニの卵とじ。
 残念ながら、
 このころには、
 かなりお腹がいっぱいになっていました。








 そして、 
 長崎らしいのが、
 この豚の角煮まんじゅう。 
 美味しくて、
 大好きです。








 このように、
 白い皮のまんじゅうに挟んで食べます。








 次に出てきたのが、
 ごま団子。
 でも、サイズが大きいです。
 野球ボールぐらいあるでしょうか。
 指をさしているのは、
 この中に一つだけ、
 中身があんではなく、
 クリームが入っているものがあるのです。
 さて、どれでしょう?(笑)








 そして、
 長崎といえば
 これ、皿うどんです。
 この日は、細い麺を油で揚げたパリパリ麺でしたが、
 長崎の人は、わりと太麺を食べる人が多いです。
 私の家でも、長崎に住んでいた時は、
 父親が太麺派だったので、
 あまりパリパリ麺は食べていませんでした。
 美味しかったのですが、  
 もう、お腹がいっぱいで、
 残念ながら全部食べきれませんでした・・・








 こちらは、
 最終日のお昼、
 長崎駅近くの店で食べたちゃんぽんです。
 長崎といえば、 
 皿うどんと並んで、
 このちゃんぽんを思い出す人が多いでしょう。








 こちらもちゃんぽんですが、
 スペシャルです(笑)
 小さい頃は、
 あまりちゃんぽんは好きではありませんでしたが、 
 大人になって、
 その美味しさがわかりました。


 ほかにも、
 私の大好物で、
 父親が飲んで遅くなったときの定番土産だった
 桃太呂の肉まんも食べたのですが、
 あまりに美味しくて、
 写真を撮るのを忘れてしまいました・・・(苦笑)
 お土産には、
 ちゃんぽん、カステラ、
 そして魚の干物、蒲鉾などを買いました。
 長崎は、実は北海道に次ぐ
 全国第二位の魚介類の水揚げ高を誇ります。
 食文化にも、色濃く異国情緒が漂い、
 魚が美味しい町なのです。 

 
 本当に、
 お墓参り、おくんち、夜景、中華料理と、
 盛りだくさんの充実した旅行でした。
 わがままをきいて、
 いろいろ協力してくれた友人に、
 そして、天気予報は雨だったにもかかわらず、
 旅行中、好天を恵んでくれた天国の祖父母に、
 心から感謝しています。
 本当にありがとうございました。  

Posted by きまぐれウサギ at 20:59Comments(7)TrackBack(0)番外編

2007年10月20日

長崎旅行 夜景編

 長崎旅行もそろそろ終わりに近づいてきました。
 でも、長崎で忘れてならないものがあります。






 ここは、
 JR長崎駅前の路面電車の停車場。
 車の通りや、店の明かりなどで、
 都会的な雰囲気です。








 こちらは、
 出島の中にある洋館。
 左側は教会のようです。








 こちらも、出島の洋館屋敷。
 緑と白の色合いが美しいです。








 こちらは、大波止のお旅所。
 まだ、諏訪神社からの御神輿が来ていないのですが、
 提灯が掲げられています。








 こちらは、
 その大波止近くの港湾沿いに設けられた商業施設。
 ほとんど飲食店ですが、
 夜でもたくさんの若者らでにぎわっていました。
 大津のなぎさ公園沿いにも、
 こういう施設があればいいのにと思いました。









 湾沿いの商業施設から見た
 桟橋の風景。
 遠くには、稲佐山の中腹に建てられたホテルの明かりも見えます。
 







 そして、
 これがその稲佐山の山頂から見た、
 長崎市内の夜景。
 真ん中は、長崎駅あたりでしょうか。
 長崎は、
 実は夜景が美しい町です。
 神戸、函館と並んで、
 日本三大夜景の一つと言われています。








 こちらは、
 稲佐山と反対側の山から見た夜景。
 おわかりの通り、
 長崎は、湾を山が囲んでおり、
 その地形が、
 立体的な独特な夜景を作り出しているのです。








 長崎湾の入り口方面の夜景。
 手前のひときわ明るいところが、
 JR長崎駅です。
 左の青い点が一列に並んでいるのは、
 最近できた女神大橋です。








 そして、 
 これがその女神大橋のライトアップ。
 白い橋脚が美しいです。

 
 とても美しい夜景を堪能できて、
 本当に幸せでした。
 これも、私の中学時代からの友人のおかげです。
 彼女には、旅行中、
 いろいろお世話になりました。
 この場を借りて、お礼を申し上げたいと思います。  

Posted by きまぐれウサギ at 20:08Comments(5)TrackBack(0)番外編

2007年10月19日

長崎旅行 軍艦島編

 さらに長崎旅行を続けましょう。

 3日目の8日。
 午前中に、軍艦島クルーズをしました。 
 軍艦島をご存じでしょうか。
 正式名は端島といい、
 かつて、炭鉱があった島です。
 最盛期には5000人もの人が住んでいましたが、
 昭和49(1974)年4月15日に炭鉱が閉山され、
 その5日後には、全島民が退去して、
 以来、今は無人島となっています。








 江戸時代の1810年に漁民によって炭鉱が発見され、 
 明治23年に三菱が島を買い取って、
 炭鉱の島として開発しました。
 島は狭いので、たくさんの高層アパートが建設され、
 その中には、日本初の鉄筋コンクリートマンションもあります。
 その外観が軍艦に似ているので、
 軍艦島と呼ばれるようになったそうです。









 長崎港を出港して、
 最初に目に飛び込んできたのは、
 この船。
 天然ガスを運ぶ船です。








 長崎は、造船の町です。
 ここは三菱重工業長崎造船所の立神工場。
 戦艦大和の兄弟船、
 戦艦武蔵は、ここで建造されたそうです。
 この灰色の船は、
 自衛隊のイージス艦だそうです。
 右が足柄、左が鳥海。
 たぶん、山の名前から取っているのだと思います。








 こちらは、
 長崎港の出入り口にかかる女神大橋。 
 かけられたのは、
 1年ほど前だそうです。








 この小さな島は、
 高鉾島。
 バテレンの島ともいわれ、
 キリシタンが多く住んだ神ノ島という地域の近くにある島で、
 江戸時代には、
 キリシタンが処刑されたりしたそうです。








 こちらは、
 同じく長崎造船所の香焼工場。
 ドックの長さは約980メートル、
 二つのクレーンは、
 それぞれ600キロまで牽引できるそうです。
 そうしたところから、
 100万トンドックと呼ばれているそうです。








 こちらは、高島。
 この島も、
 かつては炭鉱でした。
 今は、リゾート開発されているようです。








 軍艦島に近づいてきました。
 その前に、
 高島と軍艦島の間にあるのが、
 中の島。
 ここも、明治時代にわずか10年ほど、
 炭鉱が掘られていたそうです。
 その後は、 
 狭くて土地がなかった軍艦島の住人たちのお墓がつくられたそうです。









 そして、いよいよ見えてきました。
 これが軍艦島。
 島の上に、
 たくさんの建物がひしめいているのが、
 見えるでしょうか。








 ここは、
 船でいえば、「船尾」にあたる部分。
 手前右側の小さい建物は病院。
 その後ろ建物は、
 島唯一の小中学校で、
 その裏には体育館があったそうですが、
 この島が閉島の前後にできて、
 一度も使われず、
 しかも、まっさきに倒壊したそうです。
 後ろ左の建物は、 
 65号棟で、炭鉱の鉱員さんたちが住んでいて、
 幼稚園もあったそうです。









 これが、軍艦島の全貌。
 陸側ではなく、
 沖側から見たこの風景が、 
 最も軍艦らしく見えるそうです。











 こちらは、船の前方左舷。
 いくつも窓が並んでいる左の建物が、
 大正5年、日本で初めて建てられた
 鉄筋コンクリート造の7階建てマンション。
 右側の岩場が、
 もともとの島の形で、
 右は貯水槽、
 その隣の灯台は、
 閉島後に造られたそうです。








 写真がちょっとぶれていますが、
 島の中央部。
 岩場の上に立つ建物(右)は、
 三菱の幹部社員の住宅だったそうです。
 海沿いの護岸にある左の丸い構造物は、
 一般の船の船着場で、
 切れ込みのところに、
 船の船首をつけて、
 乗り降りしていたようで、
 波が荒い時には大変だったようです。
 右側の小さな鳥居型の構造物は、
 炭鉱船の桟橋だったそうです。








 小さい頃、
 海水浴に行った時などに、
 この島をよく見かけました。
 でも、歴史についてはあまり知りませんでした。
 幸い、このクルーズには、
 かつてこの島に住み、
 現在は、軍艦島を世界遺産にする会の代表の方が乗船しておられ、
 いろいろと解説をしてくださいました。
 私も、この軍艦島が、
 近代の産業遺産として、
 再び脚光を浴びる日が来てほしいと願っています。  
タグ :軍艦島

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2007年10月18日

長崎旅行 出島編

 おくんち編は終わりましたが、
 もう少し、長崎旅行を続けさせてください。






 「出島」をご存じでしょうか?
 鎖国をしていた江戸時代、
 日本で唯一、海外へ開かれていた窓口であり、
 貿易拠点でした。
 長崎では、この出島の復元にとりくんでいるようです。
 こちらは、昨年3月に復元された
 出島内にあった建物5棟のうちの一つで、
 オランダの商館長(カピタン)が住んでいた建物です。








 こちらは、
 商館員たちの事務室。
 日本人の役人たちとの面会や、
 商談もここで行われていたそうです。
 畳にテーブル、椅子というのが、 
 いかにも和洋折衷です。









 こちらは食堂。
 クリスマスの料理が飾られています。
 とっても素敵な部屋です。
 私もこんなところに住みたいです(苦笑)








 こちらは、
 一番船船頭部屋という建物の、
 オランダ船船長の部屋。
 船員たちは、長崎港に入港後も、
 船で暮らしたそうですが、
 船長さんは、部屋をもらっていたようです。
 







 見ていて特徴的だったのは、
 外観もさることながら、
 内装もとてもおしゃれでした。
 この通り、壁紙は、 
 独特の模様で、
 日本風のようでどこか西洋風で、
 言われてみれば中国風のような、
 そんな不思議な模様の壁紙でした。







 
 出島には、
 当時の出島を再現した模型もあります。
 私が小さいころは、
 出島といえば、 
 この模型ぐらいしかないところで、
 あまり面白くないという印象でした。
 ですが、
 かなりの建物が復元されていて、
 本当に興味深かったです。
 ちょっと時間がなくて、
 なかなかじっくりとは見られませんでしたが、
 次回は、もう少ししっかり見学したいです。  
タグ :出島長崎

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2007年10月17日

長崎旅行 おくんちその他編

 長崎旅行おくんち編の最後です。
 今回は、7つの踊りすべてを拝見しましました。
 これまでにご紹介していないのを中心にご紹介しましょう。






 こちらは、
 先にお旅所ですれ違った八幡町の弓矢八幡祝い船。
 とっても立派です。








 こちらの船も、
 前後に動かした後、
 大きく回転します。
 船の中に乗っている子どもたちが、
 お囃子を演奏します。








 そして、こちらは麹屋町の川船。
 これは、踊りの前に、
 漁師さんに見立てた稚児が、
 船の上から網を投げて、
 床に置かれた魚を捕ります。








 こちらも、船が大きく回転します。
 船の上に乗っているのは、
 二匹の鯉。
 この鯉も、
 登竜門の伝説のように、
 滝を登って龍になるというめでたい魚です。







 こちらは、
 万才町の本踊り。
 これも、
 おくんちのきっかけとなった、
 遊女の踊りに近いかもしれません。


 7つの踊りは、
 すべてJR長崎駅で見たのですが、
 その後、諏訪神社近くでも、
 いくつかの踊りを見ました。






 こちらは、
 諏訪神社で奉納踊りをしている西濱町の龍船。
 神社の階段いっぱいに、
 観客が鈴なりです。









 この龍船、そのまま石段を下りてきていました。
 間近で見ると、龍の迫力が伝わります。








 そして、
 次の奉納踊りの場所に向かっていきました。









 こちらは、
 諏訪神社近くの歴史博物館の広場で出会った
 五嶋町の傘鉾。
 これも、とっても立派です。








 
 傘鉾の中は、どうなっていると思いますか?
 この通り、男性が一人で抱えています。
 練り歩くときも、
 止まっている時も、
 ずっと支えておかなければなりません。
 かなりの重労働ですね。
 傘の内は、女人禁制でした。









 そして、
 出番を待つ龍・・・
 こちらも、
 血走っている目や、
 馬のしっぽでできたたてがみなど、
 とても迫力がありました。








 もう、日が暮れかかったころ、
 諏訪神社へと向かう麹屋町の川船にも出会いました。
 夜には、船に明かりが灯って、
 とても綺麗でした。



 本当に、
 一日中、踊りをたっぷり堪能しました。
 その分、たっぷり疲れもしました・・・(苦笑)
 ただ、
 すべての踊りを見ようと思うと、
 これから6年毎年見ないといけません。
 今年は出ていませんでしたが、
 他にも、阿蘭陀漫才やコッコデショ、鯨の潮吹きなど、
 長崎らしい踊りがあります。
 いつかは、ぜひ見たいです。  

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2007年10月16日

長崎旅行 龍踊り編

 長崎旅行おくんち編をもう少し続けさせてください。





  
 長崎くんちでもっともよく知られている、
 そしてまた、人気が高い踊りといえば、
 やはり、この龍踊り(じゃおどり)ではないでしょうか。
 五嶋町は、
 7年前の前回に続いて、
 今年が2回目の龍踊りの披露だそうです。








 龍踊りの最大の特徴であり、
 最も長崎らしい踊りだと感じさせてくれるのが、
 中国風のお囃子。
 ご覧の通り、演奏はほとんど中高生以下の子どもたちです。








 この龍踊りには3つの見せ場があります。
 まず最初が、この「珠探し」。
 月に見立てた金色の珠を、
 龍が探しています。
 龍から見ると、
 珠は胴体に隠れて見えません。 
 ラッパの音が鳴り響き、
 なかなか珠が見つからない龍の苛立ちを表現します。









 そして、
 笛の音を合図に、
 龍は珠を見つけ、「珠追い」に入ります。
 この場面は、ご覧になったことがあるでしょう。
 珠を追いかけて、龍が長い胴体を
 上へ下へとくねらせながら駆け抜けます。








 さらに珠追いが続きます。
 写真がブレていますが、
 非常に動きが激しいのです。








 そして、3つ目の見せ場が、
 「胴くぐり」。
 珠が、龍の胴体をくぐって行くと、
 龍も、それを追って、 
 頭から胴体をくぐっていきます。








 小さいころは、
 この龍踊りが、一番好きでした。
 このお囃子を聞くと、
 思わず背筋がぞくぞくして、
 楽しみでたまりませんでした。
 今見ても、
 やはりいいですね。
 毎年この龍踊りが見られるわけではありません。
 今年の踊町に龍踊りがあって、 
 本当によかったです。  

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2007年10月15日

長崎旅行 鯱太鼓編

 長崎旅行おくんち編を続けましょう。
 





 こちらは、
 銀屋町の鯱太鼓(しゃちだいこ)。
 銀屋町は、かつて銀細工の職人が多く住んでいた町だとか。
 昭和41年に町界町名変更で消滅していたのが、
 今年1月、町名が復活したそうです。








 まず、勇壮な太鼓の演奏。
 この太鼓の音で、
 鯱が目を覚まします。








 太鼓の演奏が終わると、
 神輿の出番です。
 







 鯱太鼓の由来は、
 この神輿に飾られている鯱から。
 鯱は、海にいるシャチではなく、
 天守閣に飾られている「しゃち鉾」と同じで、
 空想上の生き物です。
 大海から踊り上がり、
 天に昇れば吉祥をよび、 
 龍になるという伝説があります。











 重さ約750キロの神輿を、
 約40人の男性が、
 ぐるぐると何度も回転させます。
 その逞しさに、
 会場は大歓声です。







 そして、ぐっと御神輿を下げて・・・








 「蓬莱鯱(ほうらいこ)」の掛け声に合わせて、
 この通り、空中に投げ上げます。
 もちろん、会場からは割れんばかりの大きな拍手です。



 踊町の踊りの中には、
 担ぎもの、曳きものと呼ばれるものがありますが、
 鯱太鼓はまさに、
 担ぎものの代表でしょう。
 54人の担ぎ手たちは、
 今年1月から走り込みをして、
 このおくんちに備えてきたそうです。
 本当に、素晴らしかったです。  

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2007年10月14日

長崎旅行 龍船編

 おくんちの踊りの紹介を続けます。
 今年、7つの町が踊町として踊りを奉納しましたが、
 その中から、
 私が気に入った3つを順次ご紹介しましょう。

 
 今回、私が最も気に入ったのは、
 実は、この龍船(じゃぶね)です。
 ご存じのとおり、
 龍も伝説上の生き物で、
 西洋では悪とされますが、
 東洋では、幸福や吉祥の象徴です。






 西濱町の龍船は、
 重さ約3トン。
 おくんちには、
 いろんな船が出ますが、
 その中でも最も大きいそうです。
 「ヤーハー」という掛け声で、
 とても気分が高まります。







 船をいったん奥まで下げると、
 根曳きの男性たちが、
 猛スピードで突進してきます。









 そして、
 観客席ぎりぎりで急ブレーキをかけてストップ。
 大きな龍が近づいてきて、
 スリル満点です。







 そして、
 こちらも大きく何度も回転させます。 









 途中、龍が、 
 こんなこともしてくれます。
 この龍の白い息に触れると、
 無病息災のご利益があるとか。


 中国文化を色濃く受けた長崎らしい
 踊りだったと思います。
 本当に感激しました。  

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2007年10月13日

長崎旅行 おくんち編

 不定期にもかかわらず、
 毎日見に来てくださる皆様、
 本当にありがとうございます。
 本来は、滋賀の風景をご紹介するのが筋ですが、
 先日の連休に、
 長崎に行って参りましたので、
 皆様へのお礼の意味も込めて、
 ご紹介させていただきます。


 「おくんち」をご存じでしょうか。 
 長崎市内で一番大きな諏訪神社のお祭りで、 
 毎年10月7、8、9日に行われます。
 江戸時代初期の寛永11年(1634年)に、
 二人の遊女が神前に謡曲「小舞」を奉納したのが始まりだそうです。
 お祭りでは、必ず「踊町」が踊りを奉納します。
 江戸時代、長崎には77カ町があり、
 それを7つのグループに分けて、 
 7年に一度ごとに、
 踊りを奉納していたそうです。
 今は、統廃合などで町の数は減ったそうですが、
 7年に一度という決まりは守られており、
 毎年5~7町が「踊町」として踊りを奉納します。
 踊りといっても、
 単なる民謡や日本舞踊ではありません。
 長崎は、かつて日本で唯一海外へ開かれていた町。
 中国、オランダなどの文化を取り入れた、
 和洋中の独特な踊りです。
 祭りの期間中、
 諏訪神社やお旅所などで各踊町が、
 奉納踊りを披露する一方で、 
 長崎市内を錬り歩く「庭先まわり」でも、
 踊りを見せてくれます。





 
 こちらは、
 今年の「踊町」の一つ、
 興善町の「本踊」。
 三味線と唄にのせて踊っていました。
 おくんちの始まりとされる二人の遊女の踊りに、
 近いかもしれません。








 こちらは、
 大波止(おおはと)という長崎港付近に設けられた御旅所から、
 奉納踊りを終えて出てきた八幡町の「弓矢八幡祝い船」。
 黄色に日の丸の帆、 
 そして「根曳き」と呼ばれる船の曳き手たちの浴衣のオレンジが、
 とっても色鮮やかです。








 踊りの前に登場する傘鉾。
 各踊町に一つずつあります。
 こちらは、西濱町の傘鉾。
 庭先まわりでは見られませんが、
 諏訪神社やお旅所などの正式な奉納踊りの場では、
 まず、これが登場して、
 前座をつとめます。
  

 長崎を訪れるのは、
 4年ぶりだったでしょうか。
 今回の目的は、
 お墓参りと「おくんち」の見物でした。
 私は、小学校時代を、
 長崎で過ごしました。
 祖父母のお墓があるのです。
 そして、「おくんち」は、
 私にとっては、
 忘れられない大切なお祭りなのです。
 私は、諏訪神社のすぐ近くの小学校に通っていて、
 おくんちの期間中はいつも、
 授業が午前中で終わり、
 毎年、家族や友達と屋台めぐりをして楽しんでいました。
 ですが、
 おくんちの本命である「踊り」をあまり見ていませんでした。
 今回、その「踊り」をたっぷりと見ることができ、
 とても感激しました。
 これからしばらく、この踊りをご紹介します。  

Posted by きまぐれウサギ at 16:33Comments(5)TrackBack(0)番外編

2007年10月09日

9日ぶり

 9月末のいったん終了後、
 初の更新となります。
 今日は、9日ぶりに、
 仕事で滋賀を訪れました。






 

 今日は、あいにくの曇り空。
 高島で仕事を終えて帰る途中の琵琶湖は、
 鈍色に染まっていました。









 白鬚神社もこの通り。
 肌寒い景色でした。
 ですが、
 観光バスも停車したりして、
 それなりに訪れる人も多かったです。

 
 異動して9日しかたっていないので、
 それほど「懐かしい」という感じはしませんでした。
 むしろ、10月に入ってからも、
 まだ今も毎日滋賀で働いているような錯覚を覚えました。
 今月は、まだもう少し、
 滋賀での残務がありそうです(苦笑)  

Posted by きまぐれウサギ at 23:30Comments(14)TrackBack(0)琵琶湖